2023年1月9日月曜日

極東国際軍事裁判速記録第334号 昭和22年12月15日(4)

 ○裁判長 ただいま判事の一人から私に提案されたのでありますが、首席検察官、もし東郷に對するある廉をあなたが放棄するならば、それははつきりと具對的にどれであるかということを申立てねばならないということであります。もう一つ判事のものから提案示唆があつたのでありますが、もしあなた方の方で東郷に對して訴追しておる事項に對し證據が出ておりましたならば、この法廷は首席検察官としての態度によつて左右または拘束されることなく、すでに提出されておる證據によつて、われ〱は判斷をしなければならないということであります。

〔モニター たとえそれがあなたの放棄されるという訴追事項にかかつておる證據に關しましても…〕

 少くとも私の國におきましては法廷は検察官を統御することはできないのでありまして、それは國によつては非常にそのしきたりは違つておりますし、非常にまだ議論の餘地のある問題ではありますが、ノーレ・プロスキを提出する場合においてもそうであります。首席検事官、法廷といたしましてはこの二點について、あなたの議論を十分聽きたいと思いますが、四時十分前でありますので、あるいはこれをもつと考慮され、準備されて提出したらよろしいと思います。

○キーナン検察官 しかし最後の點に關しましては、すなわち検事が訴追中止を申し立てる、告訴の却下を申し立てる権限があるということに關しましては、私は法廷の時間を特に占有して空費したくないのでありますから、その問題はここで議論しようとは思いません。

〔モニター 裁判長の先ほどの最後の言葉の一つ前にあつた言葉はノーレ・プロスキを提出うんぬんとありますが、それは訴追中止というふうに訂正いたします。〕

 さてさらにわれ〱の方検察側の努力は、もつぱら裁判所の時間を節約するということに向けられておるのでありまして、いずれにせよこの法廷におきまして最後の裁決は陪審官によつてやられるのではなく、最も大事な點は、法廷自身によつて決定されるということを検察官は十分に知つておるのであります。でありますから、この問題について長々と議論をするという結果になりましたならば、われ〱はこれを主張はいたしません。そうしてさらに裁判所が提出しました第一の質問に關しましては、長々と全文に對して答えるということは避けます。そうして検察側は法廷記録の中に現われておりますところの訴追事項を除きましては、その他の廉については強つて押さないということを申し上げておきます。さて休廷前にちよつと時間がありますから、法廷のお許しがあればこれを私として利用させていただきたいと思います。すなわち私の相手となつておりますところの達識なる辯護人によつて行われましたところの、一見して明らかなるところの誤解を指摘することによつてであります。すなわち彼の言葉通りに引用するつもりでありますが、まず第一に彼東郷は彼を訴追しておる諸國に對して、敵意をもつていたであろうかという問題、私の聽いたところが間違つていないとするならば、これは明かに本裁判所において繋爭點となつておる點ではございません。われ〱の方といたしましては、本裁判所に對して被告たちがこの各犯罪行為ないしは共同謀議が行われた當時に、あるいは大體そのころに、はたしてそれに参加したかどうかということに關すること、及びこれに關しまして各被告がなしたこと、言つたことに關するところの證據の提出だけであります。われ〱は一九三三年當時におけるところの東郷被告の心境がどういうものであつたかということは、この裁判事件の中においては重要なことではないと思うのでありまして、もし心理状態について重要なものありとすれば、それはわれ〱が描寫したようなものでありまして、西洋諸國に對して侵略戰爭を遂行することを、みずから意識的にこれを追随してしまつた。自發的に追随してしまつたということを示すところの彼の心境なのであります。もしそういうような心境が實際彼によつて犯罪行爲が行われた以前に、彼の心中にあつたということを證據によつて示すことができるならば、そういうやり方に對してはわれ〱は十分に同意し得るのであります。しかしながら辯護人の言われるような原則、主義に對しましては、もしこれを許容するならば、すなわちどんなにしても過去に遡つて、そして時間の制限なく、過去の書いたものであるとか、言動とかいうものに對して顔をつつこんで證據を提出することができる。それに對して制限がないということになつてしまうならば、これは當然被告の少年時代、幼年時代にまで遡つて立證することができるということになつてしまうのであります。すなわち彼が當時鳥を愛し、花を愛し、木を愛したということまでこの法廷に利用されて立證の材料にされてしまうのであります。でありますからして時間、分量ともに證據の資料は何か制限をつけていただきたいということを申し上げておるのでありまして、首席検察官といたしましては私がただいま法廷にお願いしたいことは、眞に證明力のあるもの以外のものは全部法廷としては却下していただきたい。そうして裁量を法廷の方でもつてしていただきたいということだけを、お願いしておるのであります。あすの朝になつてみたならば被告の一九三三年時代に關する本があつたとか、一九一三年時代の文書があつて、それを見つけてということになつてしまうかもしれません。そういうふうにすればさらに證據の分量は殖えてまいります。これが検査側の申立であります。

○裁判長 多數決によつて異議を却下し、文書を通例の條件附で受理いたします。

 明朝九時半まで休廷いたします。

   午後四時休廷

(極東国際軍事裁判速記録第334号終わり)