2015年4月5日日曜日

書庫(29):東郷茂徳「時代の一面」附録の短歌(I)より:七月十一日、エヂへ

何か斯う胸のすくやうな事ほしと若き心の猶もひろめる

三とせ経ぬB29は翼つらね我帝都を無差別に燒きぬ

今一度児供となりて萬象の其儘の印象受けて見まほし

東洋の運命を負ふ民族は正義に強く慈悲深くあれ

顧れば不要の書(ふみ)を多く讀み讀むべきものを讀み足らざりき

よき人の魂(たま)に觸れつゝ梅雨の日を書(ふみ)讀むことのいかに樂しき

世の人の迷路の動きにさも似たり今日今頃の降りみ降らずみ

獄庭のヒマラヤ杉の下に生ふるあぢさいの花に梅雨降りそそぐ

牆屏(ついじ)高き巣鴨の館夏の日も蚊なくのみなく食ひ物もよし

氣をそゝる音頭噺(はやし)に監獄も祇園祭の前夜の如し

あぢさいの色あゑかなり監獄の庭の梅雨の晴れ間に

喪にし居る女のすすり泣くが如と獄庭の杉に梅雨降りそそぐ

夏來ればいつしも思ふ高原の澄みたる空に靜けき木立

政(まつり)事のまことの筋道しりもせで戰の罪のさばきせむとは

軍を押へ敗戰を收むるの困難は命のいらぬもののみぞ知る

戰爭の終始をたゞに默(もだ)りたる徒輩の多くが今我世顔する

戰ひを阻止する爲世界一努めにあるは神ぞしろしめす

われこそは國の良心と期せしもの囚はれとなりて猶も変わらず

世の中は愚者も賢者も降り殘し只悠然と進み行くなり

世の爲めと思ひてなせる業なるに人の悩みを見るぞ苦しき

世の中は己が限りを盡してぞ心ゆたかに過さむぞよき

戰ひは敗けはせずと言ひ張りし軍部其の他の無智のいみじき

我(が)にもがく近代の人なればこそ我を捨つることのいみじからんに

我國の無我の教へは貴としも外國(とつくに)人はしらんともせず

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