昭和二十三年四月二十二日
二とせは戦ひのせとに押して来ぬさばきの趣旨はこれいかならむ
鈴木貫太郎大将数日前逝き、米内大将亦昨日遠逝の由、終戦の際を偲ぶ
民族の亡びぬ為ぞとのたまひしみ声は今に著しかも
本日は天長節也。起訴状の発せられたるより二年目也
太平洋潮ひ潮満ち時来べし力落すな大和民族
邦家再健の曙光を認め我れ死なむ道遠くとも健やかにして
六月二日
出来る丈おのが自由の欲しきかなせめて読書に且つは思索に
十月三十一日
冬は来ぬ麻布の児等はいかならん巣鴨の住居寒けきものを
廿三年十一月判決以降
たわいなき判決はありぬ二十年いつの時にか此年期明けむ
年の瀬を幾度こゝに過すべきか家なる児等をかけて忍びつ
いざ神のさばきに身をば委ねなん彼等の裁きたよりなければ
現し身はたわいなき身なり従容と死に就にしこそいともめでたし
黙々と死に就きたるぞいともよし物言ふことのしるしなければ
判決のありたる後も敵人に頭を下げて乞はむとは思はじ
母上五年祭に
四年間移り変りのはげしきも母見まさぬにやゝ安らけし
年の瀬に年内のこと皆浮び来ぬ試練の年よよくぞ過ぎ行く
年の瀬に為すこともなし巣鴨にて只諦めの心哀しく
来む年に為すべきことの目途無きも唯世の為に生くべしと思ふ
冬の朝巣鴨の庭の片隅に椿三輪紅に咲く
現し世の毀誉褒貶はたよりなしわれ一筋に我道行かむ
昭和廿四年一月四日
読み話しいねてし居ればいつしかに日一日と過ぎて行くなり
一月七日
行く先に望みの光り見ればこそ囚屋の闇はわびしかるとも
一月十日
我心痛みて止まず世の人のなべて憂に生きてしあれば
一月十二日
十年余り火水の中を渉り来ぬ妥協の港に憩(やす)らいもせで
一月十二日
世の中のかゝらはしさに飽き果てぬ心靜かに死にて行かなむ
一月十四日
此人等国を指導せしかと思ふ時型の小きに驚き果てぬ
一月十四日
唯一つ妥協したるがくやしくも其後のまがつみ凡てはこれに
一月十四日
此人等妥協を旨と心得て風を避けつゝ波に押されつ
一月十四日
此人等信念もなく理想なし唯熱に附するの徒輩なるのみ
一月十五日
病ひへの抵抗力の失せぬるか嵐来らばひたと仆れむ
一月十五日
これよりはせんすべをなみ唯真理探究者として世を終へむのみ
一月二十四日
冬の日を病める独房の窓に鳴く雀の声は嬉しかりけり
三月十九日
常なくもうれしかりけり山離かる空の浮雲朝日に匂ふ
三月下旬
巣鴨なる樫の小枝に新芽立ち降りし小雨に心和めり
四月十三日
人の世は奇しくもあるか幾度も生死に境し遂に死せず
四月十三日、軽井沢庭の桜を偲びて
高原の樅に混らふ桜花月靄に浮び常春の里
四月十五日
春の風獄の狭庭に立つ我れの白き鬚先撫でて吹き行く
四月十五日
書(ふみ)を読み道を守りて独り居の楽しき心三年経にけり
四月十五日
日一日なべて佳き日と暮しなば楽土と思ゆ囚屋なりとも
五月七日
偽りのなき世なりせばいか計り人の言の葉嬉しからまし
五月七日
かく計り憂きすおもひし人が世に何か我身に生れきにけむ
六月二十一日、本城氏への返歌として
降りよどみはてしもしらぬと思ほえし五月雨晴れて大空光る
五月雨に続く暑さの其後の涼しき秋の光りをぞ待つ
七月三十一日
夏雲の立ちたる彼方麻布なる我家のほとり夕焼けにして
九月四日
放しやらぬ人のつらさを情にて朝な夕なに書(ふみ)に読み入る
冬されば青桐銀杏落葉して囚屋の庭に霜柱五寸
病院によろずの病ひ見てしより病なき身を有難しとぞ思ふ
昭和二十五年一月二十八日
君の為め世の為めの業(こと)は成し遂げぬ今は死してもさらに惜まじ
一月二十八日
死を賭して三つ仕遂げし仕事あり我も死してよきかと思ふ
一月二十八日
むらむらと望郷の念ぞ湧く日なり天の白雲見ればかなしも
一月三十一日、終戦后唯紺碧の空なつかし
宮城は見しこともあらず墟(あと)空し唯祥光のさわに立つ見ゆ
三月十五日
今一つ仕遂げたきことなり出でぬ我が世の欲の重なるものか
三月十六日
わびし世を誰れに語らんよしもなし波に浮べる水鳥のごと
三月十六日
国力を消耗せしが惜しかりき未曾有の働きせしにはあれど
三月十七日
真面目なる動きに我は冠たりきそれのみにて今もよしと思へり
四月四日
この夜またあまたの所刑あるといふ雲たれこめて春寒き夕
四月二十七日
こどもらのよきたより聞きてセメントの冷き室にも熟睡(うまい)せるかも
2015年7月18日土曜日
2015年6月21日日曜日
書庫(38):東郷茂徳「時代の一面」附録の短歌(I)より:昭和二十三年二月二十三日付池田俊彦宛書簡所収
不二に入る夕日の如くあかあかと燃し盡さむ殘る命を
ひたすらに道の光をおろがみて進み來し身のたじろぎはせじ
ひたすらに道の光をおろがみて進み來し身のたじろぎはせじ
書庫(37):東郷茂徳「時代の一面」附録の短歌(I)より
巨船(おおふね)の沈める後もわだつみは潮干潮滿ち其儘に行く
六十路過ぎ宇宙の姿ひたと見つ愛は進歩の大筋なるぞ
賤やしづしづの小田巻繰り返し同じを生くる更に厭はず
秋の日の清き光りに現し身も塵一つだに留めぬ思ひす
秋の日の澄み渡りたる大空に如來の姿と寫りやもする
休廷后春秋逝きてもきまりかぬむりの裁きの故とこそしれ
「テヘラン」の會合前に我計の行はれしならばと只歎くのみ
(「テヘラン」「ヤルータ」会議に関するホプキンスの手記を読みて)
月淸く薩摩濱邊に友つどい幼な昔を盡きずに語る
城山の崖にかゝりし櫻花あだに匂ひて眺めて飽かぬ
菊の花の咲きつらねたる見晴らしに舞ふや告天鳥(ひばり)の我を忘れて
箱庭に立てる篠のゝ月影に動くすがたのらうたけきかな
夕野の月夜を淸み梅の花小峯の宿に匂ひ渡りつ
つゆ晴れの月夜に咲ける藤の花吹き來る風に水の面に舞ふ
我庭の小隅に咲ける桃の花紅(くれない)匂ひ照りて輝く
颱風の去りたる朝の靜かけくさやけき光り天地に滿つ(九月十七日)
滿天の星を眺めて天地の無限の力をおろがみてあり
世の動き運賦と見べきこと多し末(すゑ)の定めに心騒がず(個人と大衆の関係につき)
冬は來ぬ麻布の児等はまさけくや巣鴨の住居寒さ身に沁み
六十路過ぎ宇宙の姿ひたと見つ愛は進歩の大筋なるぞ
賤やしづしづの小田巻繰り返し同じを生くる更に厭はず
秋の日の清き光りに現し身も塵一つだに留めぬ思ひす
秋の日の澄み渡りたる大空に如來の姿と寫りやもする
休廷后春秋逝きてもきまりかぬむりの裁きの故とこそしれ
「テヘラン」の會合前に我計の行はれしならばと只歎くのみ
(「テヘラン」「ヤルータ」会議に関するホプキンスの手記を読みて)
月淸く薩摩濱邊に友つどい幼な昔を盡きずに語る
城山の崖にかゝりし櫻花あだに匂ひて眺めて飽かぬ
菊の花の咲きつらねたる見晴らしに舞ふや告天鳥(ひばり)の我を忘れて
箱庭に立てる篠のゝ月影に動くすがたのらうたけきかな
夕野の月夜を淸み梅の花小峯の宿に匂ひ渡りつ
つゆ晴れの月夜に咲ける藤の花吹き來る風に水の面に舞ふ
我庭の小隅に咲ける桃の花紅(くれない)匂ひ照りて輝く
颱風の去りたる朝の靜かけくさやけき光り天地に滿つ(九月十七日)
滿天の星を眺めて天地の無限の力をおろがみてあり
世の動き運賦と見べきこと多し末(すゑ)の定めに心騒がず(個人と大衆の関係につき)
冬は來ぬ麻布の児等はまさけくや巣鴨の住居寒さ身に沁み
2015年6月20日土曜日
書庫(36):東郷茂徳「時代の一面」附録の短歌(I)より
天日を貫く誠はとこしへに滅びぬものを何にか思はん
己れ我れ神になりたる氣持もて世の人々にゆるやかぞあれ
(九月以降の分)
人の世は風に動ける波の如と其わたつみの底は動かじ
世の事は聴きもほりすれわれに世を動かす自由ありたればこそ
我はこゝに慎み居れり但しこれ御國に對するものとこそ知れ
人の世は岩に碎くる水泡(みなは)なれ其の元河(もとかわ)は流れて息まず
世の人の多くは旅路の伴(つ)れなれや朝(あした)に語りて夕に別る
丈夫の力の限り盡し來ぬ獄屋の夜を靜かに眠る
危かる命を各(おの)は生き堪えぬさらによき世にあはざらめやも
時折は高嶺の上に獨り居り眠れる下界を見渡す心地す
鐵窓に來觸る風のさやけきに秋の風の動くを知りぬ
朝毎に空のさやけさ加はりぬ秋の心の動くなるべし
あぢさいの花を見しのち花を見ず秋の野原を只偲ぶのみ
眞心が政事にも行きわたる來らん世こそ待ち遠しかな
神代より黒潮の香に洗われし笠さごの岩神さびて立つ
薩摩瀉黒潮寄する潮の香にますら丈夫は健(たけ)くこそあれ
厄日前頻りに動く雨雲の世界のさまにさもよく似たり
秋雲のとく動くには非ずして人の心の騒ぐなりけり
高原のさやかに澄める秋空の雲の心にわれよく似たり
秋の日の澄める心の深みつゝ憂國の思ひなどかしげしき
運命の逆立つ波を漕ぎ抜けて人の自信は潮(しほ)滿つがごと
己れ我れ神になりたる氣持もて世の人々にゆるやかぞあれ
(九月以降の分)
人の世は風に動ける波の如と其わたつみの底は動かじ
世の事は聴きもほりすれわれに世を動かす自由ありたればこそ
我はこゝに慎み居れり但しこれ御國に對するものとこそ知れ
人の世は岩に碎くる水泡(みなは)なれ其の元河(もとかわ)は流れて息まず
世の人の多くは旅路の伴(つ)れなれや朝(あした)に語りて夕に別る
丈夫の力の限り盡し來ぬ獄屋の夜を靜かに眠る
危かる命を各(おの)は生き堪えぬさらによき世にあはざらめやも
時折は高嶺の上に獨り居り眠れる下界を見渡す心地す
鐵窓に來觸る風のさやけきに秋の風の動くを知りぬ
朝毎に空のさやけさ加はりぬ秋の心の動くなるべし
あぢさいの花を見しのち花を見ず秋の野原を只偲ぶのみ
眞心が政事にも行きわたる來らん世こそ待ち遠しかな
神代より黒潮の香に洗われし笠さごの岩神さびて立つ
薩摩瀉黒潮寄する潮の香にますら丈夫は健(たけ)くこそあれ
厄日前頻りに動く雨雲の世界のさまにさもよく似たり
秋雲のとく動くには非ずして人の心の騒ぐなりけり
高原のさやかに澄める秋空の雲の心にわれよく似たり
秋の日の澄める心の深みつゝ憂國の思ひなどかしげしき
運命の逆立つ波を漕ぎ抜けて人の自信は潮(しほ)滿つがごと
2015年6月14日日曜日
書庫(35):東郷茂徳「時代の一面」附録の短歌(I)より:八月九日、エヂへ
こゝにありてい蒸し暑さの時折は山の住居を偲びつるかも
ここの夏涼しき雨の降る時は山家のストーブ眼交いに見る
夕立に庭に水溜め芝舟を浮べて遊びし頃をしぞ念ふ
獄庭に蝉は來鳴けりあさっては立秋なりとぞ時は動きて
三とせ來世の事凡てよくならず人の進歩のさも難きかな
世の人よ政治は天下の爲めなるぞ私心を捨てよ眞心を持て
三とせ前原子爆弾投下さる世界歴史に特筆すべし(八月六日)
弓矢もて殺すはわろし鐵砲しよしと言ふごと原子爆弾は
ここの夏涼しき雨の降る時は山家のストーブ眼交いに見る
夕立に庭に水溜め芝舟を浮べて遊びし頃をしぞ念ふ
獄庭に蝉は來鳴けりあさっては立秋なりとぞ時は動きて
三とせ來世の事凡てよくならず人の進歩のさも難きかな
世の人よ政治は天下の爲めなるぞ私心を捨てよ眞心を持て
三とせ前原子爆弾投下さる世界歴史に特筆すべし(八月六日)
弓矢もて殺すはわろし鐵砲しよしと言ふごと原子爆弾は
2015年4月12日日曜日
書庫(31):東郷茂徳「時代の一面」附録の短歌(I)より:七月二十五日、エヂへ
梅雨明けの獄屋の庭に一本の樫の若葉の照り光る見ゆ
夏の日の輝き照らす白壁の間(と)に生ふる杉に風静かなり
夏の日の傾かぬ間に夕食了(お)へ獨し居れば心静けし
夏の夕獄屋にありて偲ぶかな久爾の木立にかかれる月を
夏の朝澁谷を越へて眺めたる富士すがたのめでたかりしも
鳴るかみは世にも怒るものあるが如とおどろおどろと夜な夜なに鳴る
獄庭のヒマラヤ杉の下枝は雷雨につれて鬼女の如と舞ふ
夏の日の輝き照らす白壁の間(と)に生ふる杉に風静かなり
夏の日の傾かぬ間に夕食了(お)へ獨し居れば心静けし
夏の夕獄屋にありて偲ぶかな久爾の木立にかかれる月を
夏の朝澁谷を越へて眺めたる富士すがたのめでたかりしも
鳴るかみは世にも怒るものあるが如とおどろおどろと夜な夜なに鳴る
獄庭のヒマラヤ杉の下枝は雷雨につれて鬼女の如と舞ふ
2015年4月9日木曜日
書庫(30):東郷茂徳「時代の一面」附録の短歌(I)より:七月十九日、イセに
梅雨は晴れ熱の氣の空に充つ狭心症状亦頻りなり(七月八日)
三年前空襲來を叫びたる声も聞きたり今日のラヂオに(七月十三日)
久し振りラヂオに聞く童謡に過(い)にし信濃の住居偲びぬ
外を見よ此のさばきもて戰さをぞ無くし得べしとはかなきのぞみ
我國の爲めとしあれば苦しみも堪えて忍ばむひた苦しとも
苦しみも恥も身にしめて忍ぶべし我國民の爲めなりとせば
すめろぎに凡てを捧げまつらむと定めし心今も揺がず
世の中の有爲転変は定めなりかまへてこれにこだわらぬぞよき
三年前空襲來を叫びたる声も聞きたり今日のラヂオに(七月十三日)
久し振りラヂオに聞く童謡に過(い)にし信濃の住居偲びぬ
外を見よ此のさばきもて戰さをぞ無くし得べしとはかなきのぞみ
我國の爲めとしあれば苦しみも堪えて忍ばむひた苦しとも
苦しみも恥も身にしめて忍ぶべし我國民の爲めなりとせば
すめろぎに凡てを捧げまつらむと定めし心今も揺がず
世の中の有爲転変は定めなりかまへてこれにこだわらぬぞよき
2015年4月5日日曜日
書庫(29):東郷茂徳「時代の一面」附録の短歌(I)より:七月十一日、エヂへ
何か斯う胸のすくやうな事ほしと若き心の猶もひろめる
三とせ経ぬB29は翼つらね我帝都を無差別に燒きぬ
今一度児供となりて萬象の其儘の印象受けて見まほし
東洋の運命を負ふ民族は正義に強く慈悲深くあれ
顧れば不要の書(ふみ)を多く讀み讀むべきものを讀み足らざりき
よき人の魂(たま)に觸れつゝ梅雨の日を書(ふみ)讀むことのいかに樂しき
世の人の迷路の動きにさも似たり今日今頃の降りみ降らずみ
獄庭のヒマラヤ杉の下に生ふるあぢさいの花に梅雨降りそそぐ
牆屏(ついじ)高き巣鴨の館夏の日も蚊なくのみなく食ひ物もよし
氣をそゝる音頭噺(はやし)に監獄も祇園祭の前夜の如し
あぢさいの色あゑかなり監獄の庭の梅雨の晴れ間に
喪にし居る女のすすり泣くが如と獄庭の杉に梅雨降りそそぐ
夏來ればいつしも思ふ高原の澄みたる空に靜けき木立
政(まつり)事のまことの筋道しりもせで戰の罪のさばきせむとは
軍を押へ敗戰を收むるの困難は命のいらぬもののみぞ知る
戰爭の終始をたゞに默(もだ)りたる徒輩の多くが今我世顔する
戰ひを阻止する爲世界一努めにあるは神ぞしろしめす
われこそは國の良心と期せしもの囚はれとなりて猶も変わらず
世の中は愚者も賢者も降り殘し只悠然と進み行くなり
世の爲めと思ひてなせる業なるに人の悩みを見るぞ苦しき
世の中は己が限りを盡してぞ心ゆたかに過さむぞよき
戰ひは敗けはせずと言ひ張りし軍部其の他の無智のいみじき
我(が)にもがく近代の人なればこそ我を捨つることのいみじからんに
我國の無我の教へは貴としも外國(とつくに)人はしらんともせず
三とせ経ぬB29は翼つらね我帝都を無差別に燒きぬ
今一度児供となりて萬象の其儘の印象受けて見まほし
東洋の運命を負ふ民族は正義に強く慈悲深くあれ
顧れば不要の書(ふみ)を多く讀み讀むべきものを讀み足らざりき
よき人の魂(たま)に觸れつゝ梅雨の日を書(ふみ)讀むことのいかに樂しき
世の人の迷路の動きにさも似たり今日今頃の降りみ降らずみ
獄庭のヒマラヤ杉の下に生ふるあぢさいの花に梅雨降りそそぐ
牆屏(ついじ)高き巣鴨の館夏の日も蚊なくのみなく食ひ物もよし
氣をそゝる音頭噺(はやし)に監獄も祇園祭の前夜の如し
あぢさいの色あゑかなり監獄の庭の梅雨の晴れ間に
喪にし居る女のすすり泣くが如と獄庭の杉に梅雨降りそそぐ
夏來ればいつしも思ふ高原の澄みたる空に靜けき木立
政(まつり)事のまことの筋道しりもせで戰の罪のさばきせむとは
軍を押へ敗戰を收むるの困難は命のいらぬもののみぞ知る
戰爭の終始をたゞに默(もだ)りたる徒輩の多くが今我世顔する
戰ひを阻止する爲世界一努めにあるは神ぞしろしめす
われこそは國の良心と期せしもの囚はれとなりて猶も変わらず
世の中は愚者も賢者も降り殘し只悠然と進み行くなり
世の爲めと思ひてなせる業なるに人の悩みを見るぞ苦しき
世の中は己が限りを盡してぞ心ゆたかに過さむぞよき
戰ひは敗けはせずと言ひ張りし軍部其の他の無智のいみじき
我(が)にもがく近代の人なればこそ我を捨つることのいみじからんに
我國の無我の教へは貴としも外國(とつくに)人はしらんともせず
2015年3月28日土曜日
書庫(28):東郷茂徳「時代の一面」附録の短歌(I)より:七月五日、イセへ
民族の意氣は何處ぞ挑みたる敵にわび言言はんとする(武人の米友に謝罪せる由聞きて)
詫びし了へ品物乞はん心なれや其さもしさ言ふに言はれず
六十路越し死ぬる覚悟の出來ありと誇りかに言ふ人のをかしき
詫びし了へ品物乞はん心なれや其さもしさ言ふに言はれず
六十路越し死ぬる覚悟の出來ありと誇りかに言ふ人のをかしき
2015年3月21日土曜日
書庫(27):東郷茂徳「時代の一面」附録の短歌(Ⅰ)より:五月末より七月始に
來むとする凡てを避けず吾れはしも來るが侭に受取るものぞ
さもあれや人類の爲としあれば更に厭はず死の座につくも
百度(ももたび)も死にせしならむ既にわれ神の護りのなかりしなれば
獄卒の仕業如何にも意地わるし虫けらどもと思へばこそ
萬有は空っぽなるぞ汝れの身は水沫(みなは)に過ぎず慾を謹め
人の身は川瀬に浮ぶ水沫(みなは)なり其河水も流れて息まず
死の森はいとも靜けし魔の影ぞ之をみにくゝおそろしくする
我命十度も既に亡びたり神の護りのなかりしなれば
我命あぶなき事の多かりき神の護りのありたればこそ
鐡窓に磨硝子あり遠妻(家人)のしのばむ月も見えがてにして
梅雨の日に爲すこともなく暮らしつゝ思ひ出すことのさも多いかな
あな哀れ相互信頼の心無く唯協力を口ぐせにする
さもあれや人類の爲としあれば更に厭はず死の座につくも
百度(ももたび)も死にせしならむ既にわれ神の護りのなかりしなれば
獄卒の仕業如何にも意地わるし虫けらどもと思へばこそ
萬有は空っぽなるぞ汝れの身は水沫(みなは)に過ぎず慾を謹め
人の身は川瀬に浮ぶ水沫(みなは)なり其河水も流れて息まず
死の森はいとも靜けし魔の影ぞ之をみにくゝおそろしくする
我命十度も既に亡びたり神の護りのなかりしなれば
我命あぶなき事の多かりき神の護りのありたればこそ
鐡窓に磨硝子あり遠妻(家人)のしのばむ月も見えがてにして
梅雨の日に爲すこともなく暮らしつゝ思ひ出すことのさも多いかな
あな哀れ相互信頼の心無く唯協力を口ぐせにする
2015年3月7日土曜日
書庫(25):東郷茂徳「時代の一面」附録の短歌(Ⅰ)より:本條氏に
あな静か死生一如の坂越へて春の野原に暫したたずむ(野道に独り休息へり)
若き日の望みと過(い)にし現実のくひ違ひたるがいとおもしろし
朝な朝な憂き事の増す世の中と思ひ定めて暮らしきにけり
現し身は牢屋(ひとや)にあれど雄心は翼を高み天かけり行く
久方の大空照す御光に凡てが生り行くさまのめでたき
春過ぎて夏来にけらし世田ヶ谷の杉の木立ゆ雲立ち見ゆる
朝の内に朝顔の苗分ち植ゑ今日一日を心静かに
とりどりに咲きて出づべき花の園たまには遅るゝことのよろしき
若き日の望みと過(い)にし現実のくひ違ひたるがいとおもしろし
朝な朝な憂き事の増す世の中と思ひ定めて暮らしきにけり
現し身は牢屋(ひとや)にあれど雄心は翼を高み天かけり行く
久方の大空照す御光に凡てが生り行くさまのめでたき
春過ぎて夏来にけらし世田ヶ谷の杉の木立ゆ雲立ち見ゆる
朝の内に朝顔の苗分ち植ゑ今日一日を心静かに
とりどりに咲きて出づべき花の園たまには遅るゝことのよろしき
書庫(24):東郷茂徳「時代の一面」附録の短歌(Ⅰ)より:四月下旬より五月中旬迄に
わびしくも今日は暮らしつ天垂るゝ梅雨の日永を如何くらさむ(判決、六月末に延期せる由聞きて)
遠妻の夜寒に今は何にすらむ風邪をな引きぞ安らけくあれ
百萬の民衆の声高鳴りす強く雄々しく正しく進め(メーデー、宮城前にて)
春潮の満ち干に漂ふ船の如とせんすべなくに雄心失せし(五月五日)
いつもしも神とともにしあるからに淋しはあらじ光り身に満つ
遠妻の夜寒に今は何にすらむ風邪をな引きぞ安らけくあれ
百萬の民衆の声高鳴りす強く雄々しく正しく進め(メーデー、宮城前にて)
春潮の満ち干に漂ふ船の如とせんすべなくに雄心失せし(五月五日)
いつもしも神とともにしあるからに淋しはあらじ光り身に満つ
2015年2月21日土曜日
書庫(23):東郷茂徳「時代の一面」附録の短歌(Ⅰ)より:五月二日、文彦に
さればとて世に虚言(そらごと)の多いかな誤解と共に凶(まが)事つくる
そらごとを見破る機械出来もせば此世は余程住みよくならぬ
天下第一等の人ならばやと五十年余を行(ぎょう)じ来たりぬ
二とせを「ドッグ」に居ても天が下第一等を忘れかねたる
わだつみの水沫の如しもろもろの弱くはかなき人の力は
二とせの囚れの夕べ雨降りて空もとゞろに荒れてありにき
今日はしもさつきの光りみち足りて野の花さはに咲きて匂へり
そらごとを見破る機械出来もせば此世は余程住みよくならぬ
天下第一等の人ならばやと五十年余を行(ぎょう)じ来たりぬ
二とせを「ドッグ」に居ても天が下第一等を忘れかねたる
わだつみの水沫の如しもろもろの弱くはかなき人の力は
二とせの囚れの夕べ雨降りて空もとゞろに荒れてありにき
今日はしもさつきの光りみち足りて野の花さはに咲きて匂へり
2015年2月13日金曜日
書庫(20):東郷茂徳「時代の一面」附録の短歌(Ⅰ)より:五月十日、イセに
敷島の大和島根はとことわにしほひしほみちゆるぐことなし
(夢に)
み光は高千穂の嶺に降り立ちて大和島根をあかに照らしぬ
まな子たちわれ今行くもとことわに我は死にせず我れ活きてあり
梅の花咲きて散りなばさくら花つぎて咲くべし大和島根は
いざ児等よ戦ふ勿れ戦はば勝つべきものぞゆめな忘れそ
ゆとりある剣士は敵を誘ひて手出さしめたる后にこそ撃つ
手出さしむ術も自衛の為なりと現状維持の政治家は言ふ
春や来ぬ牢屋(ひとや)の庭の木の蔭に山吹の花咲きいでにけり
地に冩る影をのみ見て天の原大なる宇宙をふりさけ見ずや
地に充てる花も小鳥もいみじきや進化の跡をたどり探れば
天に星地には進化のすがた見て貴きものを感ぜずや君
いつもしも苦しみの果と思ふ時神の来りて救ひたまひぬ
軽薄な人間共がいやになりぬ生き物よりも石にも木にも
(夢に)
み光は高千穂の嶺に降り立ちて大和島根をあかに照らしぬ
まな子たちわれ今行くもとことわに我は死にせず我れ活きてあり
梅の花咲きて散りなばさくら花つぎて咲くべし大和島根は
いざ児等よ戦ふ勿れ戦はば勝つべきものぞゆめな忘れそ
ゆとりある剣士は敵を誘ひて手出さしめたる后にこそ撃つ
手出さしむ術も自衛の為なりと現状維持の政治家は言ふ
春や来ぬ牢屋(ひとや)の庭の木の蔭に山吹の花咲きいでにけり
地に冩る影をのみ見て天の原大なる宇宙をふりさけ見ずや
地に充てる花も小鳥もいみじきや進化の跡をたどり探れば
天に星地には進化のすがた見て貴きものを感ぜずや君
いつもしも苦しみの果と思ふ時神の来りて救ひたまひぬ
軽薄な人間共がいやになりぬ生き物よりも石にも木にも
2015年2月11日水曜日
書庫(19):東郷茂徳「時代の一面」附録の短歌(Ⅰ)より:四月廿五日、イセに
二年を住み慣れし身にはあれど淋しみ襲ふ春の日永に
日毎日毎と會ひたるものを此のしばし會はねば淋し一とせ覚ゆ
百とせの永きにとに非ず一月の過ぎ行くことはあわたゞしくもあれ
人の世は束の間なるを世の人は永年の如くたのみたりける
我さとのつなぎをたちしくろがねの八重の門(と)高く立ち繞らせば
くろがねの八重の門如何に固くとも魂の通ひ路などか絶ゑなむ
軒ばなる雀にもがな麻布なる児等と遊びて後歸りこむ
日毎日毎と會ひたるものを此のしばし會はねば淋し一とせ覚ゆ
百とせの永きにとに非ず一月の過ぎ行くことはあわたゞしくもあれ
人の世は束の間なるを世の人は永年の如くたのみたりける
我さとのつなぎをたちしくろがねの八重の門(と)高く立ち繞らせば
くろがねの八重の門如何に固くとも魂の通ひ路などか絶ゑなむ
軒ばなる雀にもがな麻布なる児等と遊びて後歸りこむ
書庫(18):東郷茂徳「時代の一面」附録の短歌(Ⅰ)より:五月三日、文彦に
われはしもあまたの戦さに逢へるかな中にも第一第二世界戦争
科学のみ進歩せし為人類は釣合とれず狂行(たわわざ)ぞする
あなかしこ戦に勝てり其国は機械力あり組織力あり
あな愚か機械力もて天が下しろしめさんと思ひ上れる
形而下の智慧のみ人に先き走り思い上りて狂行(たわわざ)ぞする
科学のみ進歩せし為人類は釣合とれず狂行(たわわざ)ぞする
あなかしこ戦に勝てり其国は機械力あり組織力あり
あな愚か機械力もて天が下しろしめさんと思ひ上れる
形而下の智慧のみ人に先き走り思い上りて狂行(たわわざ)ぞする
書庫(17):東郷茂徳「時代の一面」附録の短歌(Ⅰ)より:鹿児島を偲びて
わだつみの底よりたぎつ大浪の薩摩の瀉に遠鳴りのする
地を巻きて荒れたるものがはたと止みぬ颶風の中心今過ぐるらし
颱風のゆける朝あけ静かにて児等は来りて柿の実拾ふ
昔思ふ故郷思ふまし子の父母の許にありし其頃
あまそゝる高千穂の峯は雄々しくも遠つ昔の姿なりけり
地を巻きて荒れたるものがはたと止みぬ颶風の中心今過ぐるらし
颱風のゆける朝あけ静かにて児等は来りて柿の実拾ふ
昔思ふ故郷思ふまし子の父母の許にありし其頃
あまそゝる高千穂の峯は雄々しくも遠つ昔の姿なりけり
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