2015年8月2日日曜日

東郷茂徳陳述録(江藤淳監修『終戦工作の記録』所収)より(11)

(東郷)…それで十一時から最高戦争指導会議の構成員の集まりが始まつた。 そこで自分から最近の成行を報告して、事態切迫せる今日、 勝利の成算立ち難き状況に在りては直ちに和平に応ずる必要がある、 速にポツダム宣言を受諾するを適当と認める。 たゞ日本にとつて最も必要なものは皇室の安泰と言ふことで、 これは絶対的のものであるから、 これのみは是非留保する必要がある。 併し多数の条件を出すならば、 最近米英ソ支其他の状勢よりして拒絶せらるゝ懸念が甚大であり話が根本的にこはれる覚悟を要するから、 条件は絶対必要なものだけに限る必要があると言ふことを詳細に渉つて話した。 それに対して軍部の方からは、軍部と言つても海軍大臣は僕の意見に賛成ですから、 陸軍大臣及両総長ですが、この三人は他の条件を付加する必要がある、 皇室の安泰、国体擁護に付留保を附することは当然のことで異存はないが、 その外に保証占領に付て日本の本土は占領しないことにする必要がある。 若し本土を占領する場合には東京等を除外し、地点をなるだけ少く、 而も兵数をなるだけ少くすると言ふことにさせる必要がある、 第三には武装解除は日本の手によつてすることにしたい。 第四には戦争犯罪人の問題、これも日本側で処分することにしたい、 斯う言ふ四つの条件を出したいとの主張です。 それに対して自分は成程さう言ふ条件は自分としてもそれが貫徹し得らるゝならば希望する訳であるが、 今米英其他の情勢を見るのに此等多数の条件ともこれを容れさせる見込はつきかねる。 さう言ふ問題を持ち出すと交渉は決裂すると言ふ覚悟が必要だ、 交渉が決裂した後で戦争に勝つ見込があるのかと質問したら、 軍部の人も、究極的に勝つと言ふ確算は立ち得ない、 併しまだ一戦は交へられると言ふ訳だつた。 尚自分から日本の本土に上陸させないだけの成算があるかと聞いたのに対し、 参謀総長はうまく行けば向ふから上陸軍を撃退することが出来る。 併し戦争であるからうまく行くとばかりは考へる訳にはいかない。 要するに上陸軍の大部分を撃滅することは出来る、 言ひかえて見ると、向ふに非常なる損害を与へ得ると言ふ自信はあると言ふ訳です。 それで僕は又言つた。上陸部隊に大損害を与へても或は一部は上陸して来ると言ふことになる訳だ、 尚又或る時期を経た後に第二次の上陸作戦が予想せらるゝ訳だ。 而も第一の上陸に際しての戦闘に於て、 日本の方は飛行機その他の重要兵器を失つて其後短期間に補充する見込は立たないことになる。 それでは原子爆弾の問題は別とするも第一次上陸戦終了の後に於ける日本の地位は全く弱いものになつてしまふではないか。 さうすればその戦闘によつて相手に損害を与へ得ると言ふことは別問題として、 上陸戦後に於て相手国の地位と日本の地位と比較して、 我方は上陸戦前よりも甚しく不利なる状況に陥るものと言ふべきである。 斯う言ふ事態に於ては早い時期に於て戦争を終結する以外に方策なしと言ふことになる、 従つて日本としては絶対に必要なもののみを条件として提示し、 以て和平の成立を計ることがこの際とるべき方法だ、 と随分激しい議論を交へた訳です。
そのうちに昼の一時近くになつて来たし、午後は閣議も開くことになつて居つたものだから、 総理は、此の問題は閣議にも諮る必要があるから閣議の又後に集まつてやることにしようと述べ、 決まらないままに別れて閣議に行つた。 閣議になつてからも最高戦争指導会議の議論と同じやうな議論が蒸し返された訳です。 阿南陸相も自分も午前と同じやうなことを言つて、結局議論は対立です。 そのうちに総理の方で、外務大臣の意見に賛成するものと反対するものと言ふことで閣僚の意見を尋ねた。 過半数が僕の意見に賛成した。 反対のものもある、はつきりとした意見のないものもあつた。 それで閣僚の意見は一致しない。 そこで総理は自分と共同謁見して、これ迄の討議の状況を上奏したいと言ふので、 閣議は其儘として参内した。 そして自分から説明をしてくれと言ふ総理の話だから、 自分は今迄の議事の成行を詳細陛下に申上げた。 総理は更に斯う言ふ情勢ですから最高戦争指導会議の御前会議を開くやうにお許を願ひたいことを陛下に申上げ、其御許しがあつたので、直に最高戦争指導会議が開催せられた訳です。
最高戦争指導会議に於ても先づ自分から、 さつき述べた午前の最高戦争指導会議の構成員会同に於けると同じやうなことを言つた。 阿南、梅津、豊田の三人は外務大臣の意見に賛成出来ませんと言つて反対意見を述べた。 海軍大臣と当日特に列席した平沼枢府議長は自分に賛成を表明せられた。 しかし全部の意見が一致しないから、鈴木総理は、 かやうな状況ですから陛下の御聖断を仰ぎたいのです、と言ふことを申上げた。 ところが陛下は、 自分は外務大臣の意見に賛成であると言はれて従来軍の述べた所と事実とが相違せることが尠くない、 完成したと報告を受けたもので出来てゐないものがある。今後成算ありと言つても信頼し難いものがある、 仍而難きを忍んで直に戦争を終結し国体の安全を図る必要があると仰せられた。 これにより戦争指導会議は国体擁護に関する留保のみを附してポツダム宣言と受諾することに決した。 それで又閣議を開いて御聖断を体し、 最高戦争指導会議と同一趣旨でもつてポツダム宣言を受諾するが決定せられた。 皇室の御安泰と言ふことのみを条件とすると言ふことが閣議で決つて、 斯くしてスイス、スエーデンを経て米英其他に申入れをなした訳です。

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