蘇聯の対日参戦
然るに翌九日未明に外務省「ラジオ」室からの電話によって蘇聯が日本に宣戦し、満州に進撃したことを知った。
即ち八日午後十一時、佐藤大使が「モロトフ」委員に面会したときに宣戦の通報を受けたのであるが、
その会談、従って宣戦通告の電報は遂に東京には到着しなかったのである。
自分は早朝総理を訪ねて「ソ」聯参戦の次第を伝え、急速戦争終結を断行するの必要あることを述べたが、
総理もこれに同意したので、同席していた迫水書記官長から大至急戦争指導会議構成員を召集することに手筈を定めた。
外務省への途次海軍省に米内海相を訪ねて、総理へ説いたのと同様のことを述べたが、
更に同省にて邂逅したる高松宮に対しても成行を説明して、直ちに「ポツダム」宣言を受諾することの必要を述べたが、
殿下は領土の点につきて何とかならぬだろうかとの御話があったから、
その点に就ても考慮して来たので方法があったらなお何とかしたいのですが、
今日となっては恐らく致し方ないと思いますと云って退下した。
「第三部 太平洋戦争勃発後」
「第六章 ポツダム宣言受諾と終戦直後」より
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