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茂徳の文学的でヒューマンな素質は、本書でも、奉天、スイス、アメリカなど、若い頃に勤務した国々の描写や、
戦犯として巣鴨の獄につながれるようになってから創作した二百首をこえる短歌などに垣間見ることができる。
本書を通読し、単なる外交史の記録を越えて、真理を求める哲学の書にも似た感動を受けるとしたら、
その辺りにも理由があるのかもしれない。
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苗代川出身でドイツ人を妻にもつ茂徳にとって、外務省で頼るものは出自閨閥であろうはずがない。
外務省はまた、そうしたものがなければやっていけない所でもなかった。
己れの頭脳と意欲意志のみを信じ、一つひとつ周囲の信頼をかち得ていった茂徳は、
官、政、軍、財、言論など各界に独自のネットワークを形成する。
その気骨を買い、新聞記者はもちろん、意外に思えるかも知れないが、陸軍にも東郷ファンが出来、
やがて外務省を背負って立つ人物として、局長の頃から大臣候補に上がるほとであった。
しかし茂徳の交遊は、人におもねったり、派閥をつくることにはなく、相手をひとかどの人物と認め、
その交わりの中に同憂の士を見出す、といった風であった。従って、その姿は時に孤高ともなる。
新聞記者として直接茂徳を親しく取材した森元治郎氏(元参議院議員)は
「人付き合いが悪く、いつも孤影がつきまとう。常識的には面白くないが、そこが面白い。
よく知れば、渋みのある深い人柄」と評している。
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